2013年7月17日水曜日

ハーシュマン『情念の政治経済学(”The Passions and the Interests")』

「貪欲は善である("greed is good")」というのは映画「ウォール街」でのゴードン・ゲッコー〔マイケル・ダグラス〕の名〔迷)言。いまでもファンドマネージャーなんかの間ではこの言葉の信奉者が多いみたいで、現代資本主義の金儲け主義を表すまさに「21世紀的」表現だと思っていたが、17世紀から18世紀にかけてヨーロッパの知的エリートの間でも広まっていた概念だったことをこの本で知った。フランスのモンテスキューとイギリスのジェイムズ・スチュワートだ。彼らは本気で資本主義の貪欲な金儲け主義こそが専制政治の暴走の抑止となり国家を救うと信じていたのだ。

つまり専制君主は貴族的で高尚な目的を絶対視する傾向があり一般国民はその都度多大の犠牲を強いられることになる。それを防止するには、経済的利益を前面に打ち出して「そんなことをやれば損をしますよ」とか「そんなことをするお金がないですよ」と言って目を覚まさせる必要がある。貪欲な金儲け一番主義こそが専制政治の情念の爆発を抑止するというもの。考えてみればアレキサンダー大王の「英雄的」な世界征服は母国マケドニアには何らの経済的利益をもたらさなかったし、多くの国民は無惨な死に方を強いられた。経済的な利益などもともとアレキサンダーの眼中にはなかったのだ。まさに情念戦争。それに較べれば貪欲資本主義の方がよほど平和的。

しかしこのモンテスキューらの考え方は、「貪欲も情念の一種」と見なして経済モデルを構築したアダム・スミスなどの登場により、一般的にはならず、いつしか忘れられてしまっている。でも現代社会を考えるにあたり、こういう考え方があったという事実を知っておくことが思考の幅を広げるとハーシュマンは述べるのである。

正直おいらにはちょっと難しい本。でも昨今の世界情勢を見るに、この「情念の政治」が再び支配的になりつつあるような危惧を覚える。原理主義に基ずくテロリズム、過激な環境保護団体による暴力行為、有無を言わさない自称「正義の味方」信者集団。それに較べればゴードン・ゲッコーの「貪欲こそ善である」の方がよほど可愛らしいのかも知れない。

ちなみに翻訳は佐々木毅。東大総長も務めたニッポンの政治学の世界で一番エライ人。少しはニッポンの政治にこの本から得た知見が反映されたのかを考えると、少々心許ない気もする。

いろいろ考えさせられました。

情念の政治経済学 (叢書・ウニベルシタス)


おまけとしてゴードン・ゲッコーの「貪欲は善である」スピーチのさわり部分を紹介。演じたマイケル・ダグラスはファンドマネージャーから英雄視されてレストランなんかで追っかけ回され、実生活では「リベラル」な彼は迷惑したそうだ。

0 件のコメント: